2009年02月05日

第二次来襲前夜の状況〜鎮西の人々、恩賞地を得る(1)

第一次モンゴル来襲時での戦功を認められ、恩承地をたまわった者は、120余名に及びました。
蒙古来襲絵詞」の伝える、主人公と恩沢奉行の対話は、討死が高く評価されたことを物語っていて、120余名の中に、戦死者の子息が占めた比率は、決して小さくなかったでしょう。

父子あわせて4人の戦死者を出したもうやだ〜(悲しい顔)松浦党佐志の人々には、複数の恩承地が与えられたようですが、その地はつまびらかではなかったようです。

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ニックネーム ちこりん at 01:26 | Comment(2) | TrackBack(0) | ■岐路に立つ鎌倉幕府■
この記事へのコメント
初めてアクセスしてみましたが冒頭からいきなり「恩承地をたまわった」と誤字で始まるのは何としてもいただけませんなあ。「恩賞地」とするのが正しいはずで、私の私用する漢字辞書では恩承地などという字は出てきません。
先を読むのが思いやられるレベルであります(ご無礼は平にご容赦を)。
Posted by 石田 修 at 2009年02月06日 15:53
>石田 修様
御訪問とコメントありがとうございます。

誤字はなんともいただけません・・・。
御指摘ありがとうございます。

>先を読むのが思いやられるレベルであります
先をお読みにならずして結構です。
Posted by ちこりん at 2009年02月09日 01:26
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