2005年03月16日

●源為朝●

ぴかぴか(新しい)源為朝(ためとも)・・・父・為義の八男。母は摂津国江口の遊女。弓の名人にして勇猛果敢な性格で、1151年(任平元年)その乱暴・粗暴さから為義に勘当され九州に追放されました。後に豊後へ下って鎮西八郎と称され自らは総追捕使と称して他の豪族達を撃破。このため朝廷は鎮圧の命を出しますが全く聞き入れず、父・為義は責任を取らされ左衛門大尉を解官されます。これを聞いて為朝は帰京。

保元の乱(1156年・保元元年)では父・為義と共に崇徳上皇方に加わり勇戦。
ここで後白河天皇方が本営白河北殿に夜討をしかけてきた為、西門を守る為朝は自慢の弓で応戦し、平清盛、兄・義朝をその強弓で撃退しますが義朝の献案があたり天皇方が白河北殿に火(火矢など)をかけたため上皇方は敗北します。敗北した為朝は捕らえられて伊豆大島に流刑。

その後、伊豆諸島を手中に治め国司に反抗するも1170年(嘉応2年)伊豆介工藤茂光に追討され、八丈島で自害。
又、他説として琉球へ逃れ琉球王家の始祖とされる魚座舜天王になったという満月為朝伝説があります。


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ニックネーム ちこりん at 06:20 | Comment(0) | TrackBack(1) | ●源為朝●
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源平最強のスナイパー
Excerpt:  為朝!じゃないの?「強弓は誰ならん?」と問われれば(きなりさん、建礼門院のこと
Weblog: 悪七兵衛景清の今日の一言
Tracked: 2007.06.27 22:50