2006年10月22日

京方兵力の構成と戦後処理〜倒幕の決意(6)

すでに触れましたが動員兵力の分布を地域的に見ると、幕府側は遠江以東の東国諸国、対する京方は史料によって多少異同があるにせよ三河以西の諸国という、かなり明確な色分けができるかと思います。東西対決といってもあながち誤りではないでしょう。

但し九州については、恐らく乱が短時日で決着したため参加する時間が無かったこととも関係するでしょうが、北九州の一部勢力が京方に加わったくらいで、全体をはっきり色分けすることは出来ません。
また承久の乱後に地頭に任命されたものの分布によって、京方兵力の出身を分析したある学者によると、京方武士の出身地を西国、それも畿内近国、山陰道、瀬戸内海沿岸、北九州としています。


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ニックネーム ちこりん at 04:20 | Comment(0) | TrackBack(1) | ■京都朝廷と承久の乱■
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Tracked: 2006.10.23 00:27