この頃の九条家の歴史をたどると、頼朝の後ろ盾で摂関となった九条兼実が1196(建久7)年の政変で失脚した後、摂関の地位は近衛基通に移り、一時は九条良経に戻ったものの、それも短期間で良経の死によって近衛家実に代わります。
良経の子・道家にとって摂関の地位がいかに切望されたかは、彼の日記『玉蘂』によく示されています。つまり1212(建暦2)年二月七日条には、今朝、ある女房が道家が二度摂ろくに補されるという吉夢を見た、最初は11年間、二度目は22年間だという、これを聞いて自分は感涙少なくなかったと記していて、1220(承久2)年五月二十三日にも、今朝、女房が道家が摂関の地位につくという夢を見たので念誦し、八幡・春日・北野ならびに三宝に祈りを捧げたとあります。
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2007年10月13日
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