この恋の話は『義経記』では登場しないため、現在ではあまり知られていません。そこでまず、二人の馴れ初めを、室町期に作られたという御伽草子「
浄瑠璃十二段草紙」から見ていきます。
金売り期吉次の下人となって奥州へ下る
義経は、三河の矢矧(現在の愛知県岡崎市内)で豪華な屋敷の前を通りかかります。田舎には似つかわしくない、美しい御殿です。そこで、
義経は、
「どんな人が住んでいるのだろう」
と、こっそりと中の様子を伺っていますと、琴や琵琶の音色が聞こえてきます。そのすばらしい音色に心を動かされた
義経は、つい笛を合わせてしまいます。その管弦の演奏を催していました主人こそ
浄瑠璃姫だったのです。外から聞こえてくる笛の音に、姫もまた、
「このような横笛の音色は聞いたことがない。きっとすばらしいお方に違いないわ」
と言って、侍女に笛の主を見に行かせます。そこに居たのは、烏帽子の下に桜の枝を挿し、美しい装束をまとった貴公子でした。その様子を聞いた姫は、
「思った通りだわ。歌を詠みかけてみましょう」
と、言って
「
風口なれど散らぬ花かな」
とよみかけます。「風口」とは、折烏帽子の後ろの穴のことで、ここではそれに風の吹き込む入り口を掛けて言ったものです。「風が吹き込むという風口に挿してあるのに散らない花ですね」と挨拶をしたわけです。そして、この句に上の句を付けさせ、相手の教養を試すと、
義経も、
「
ちはやぶる神も桜を惜しむには」
と答えます。その返事は、「(「ちはやぶる」は神にかかる枕詞)神様も桜を憐れんでいらっしゃるからでしょう」というものです。この歌の問答によって、
義経は、鞍馬での修行時代に、あらゆる仏典をはじめ、和歌・物語に精通していたのがわかります。
そして、しばし管弦や酒宴の楽しい時を過ごした
義経でしたが、今は
金売り吉次の下人という立場を理由に、侍女たちが引き留めるのを振り切り宿へ帰りました。
しかし、宿屋に戻っても忘れがたいのは、あの姫の面影。そこで、
義経は、姫の寝所に忍び入り、流麗な言葉で姫に思いを告げますが、
「あなたは金売り吉次の下人ではありませんか。及ばぬ恋をするものではありませんよ。早くお帰りください」
と、きっぱりと退けられます。けれども、そこで簡単に引き下がる
義経ではありません。様々な恋にまつわる故事を出し、また姫もそれに答える形で新たな故事を出し、問答を重ねていきます。この部分は「
枕問答」として知られています。ついに、姫は
義経の熱意にほだされ、契りを交わします。翌朝、二人が別れを惜しんでいると、母の長者が現れ、これを咎めます。
義経は、修行で身に付けた特殊な力を用いてその場を逃れましたが、姫は母に勘当され、家を追い出されてしまいます。
ここでの見所は、
義経が
浄瑠璃姫を口説く場面です。この場面は、「
浄瑠璃十二段草紙」の中心部分で、
義経がいかに都の貴公子と変わらない知識の持ち主であったかが強調されています。また、鞍馬での修行時代に身に付けた教養を生かし、情熱的に姫に迫るところは、後年の恋多き
義経像を思わせます。
【麝香塚(じゃこうずか)石】六所神社大鳥居横の高宮神社石碑の礎石は、
義経が姫の形見の麝香を埋めたとされる麝香塚に使われていた石と言われています<岡崎市観光協会 様より>